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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)5414号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用(参加によって生じたものを含む。)は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求の趣旨

被告は被告補助参加人に対し四一二四万二五〇〇円及びこれに対する昭和六〇年七月一日(新株の払込期日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告補助参加人(以下単に「参加会社」という。)の株主である原告が、参加会社の代表取締役であり、かつ、新株引受人である被告に対し、被告が取締役と通じて著しく不公正な発行価額で参加会社の新株を引受けた旨主張して、商法二六六条一項五号所定の取締役の会社に対する損害賠償責任と同法二八〇条の一一所定の不公正な発行価額と公正な発行価額との差額の支払責任を、同法二六七条に基づき参加会社のために請求する株主の代表訴訟である。

一  (争いない事実)

1  参加会社は昭和二七年に設立され、百貨店陳列販売業・飲食物販売業等を目的とする株式会社であり、昭和六〇年三月現在(後記本件新株発行の直前)、資本の額は一億円、発行済株式総数は二〇万株であった。なお、当時の参加会社の商号は株式会社第一生命ビルディング専門大店であったが、昭和六三年一二月二〇日現商号に変更した。その株式は非上場である。

原告は昭和四〇年一二月以来参加会社の株主であり、その持株数は本件新株発行前は五一三三株、以後は一万〇二六六株である。

被告は昭和四八年一一月以来参加会社の代表取締役である。

2  参加会社は昭和六〇年三月一九日取締役会を開催して次のとおり新株発行決議をし、同決議に基づき同年七月一日新株を発行した(以下「本件倍額増資」という。)。本件倍額増資が参加会社にとって第六次増資新株発行となる。

(一) 発行新株式数 記名式普通株式二〇万株

(二) 割当方法 昭和六〇年四月三〇日現在の株主名簿に記載された株主に対し、その保有株式一株につき新株式一株の割合をもって割り当てる。

(三) 新株の発行価額 一株五〇〇円

(四) 申込期間 昭和六〇年六月一二日から同月二〇日まで

(五) 新株の払込期日 昭和六〇年六月三〇日

(六) 失権株の処理その他この新株式発行について必要な事項は今後の取締役会において決定する。

3  右新株発行につき、右申込期間を経過したことにより新株引受資格を喪失したものが五四九九株生じ(以下「本件失権株」という。)、被告は右失権株分の新株五四九九株を額面金額五〇〇円、合計二七四万九五〇〇円で引受け、その払込みを了して新株の発行を受けた(以下「本件新株発行」という。)。被告が引受けた本件新株五四九九株中五四九二株が昭和六一年一月二四日までに合計四四名の従業員に譲渡された。

4  参加会社には「社員持株に関する内規」が存在する。

5  原告代表者井面貞夫は昭和四七年から昭和五三年まで参加会社の取締役に就任しており、参加会社の第三次新株発行に関与した。

6  原告は、商法二六七条一項・二八〇条の一一第二項に基づき、参加会社に対し、昭和六三年五月一七日到達の書面で、被告に対し本訴請求にかかる各責任を追求し損害賠償を求める訴えを提起するよう請求したが、参加会社は商法二六七条二項所定の期間内にその訴えを提起しなかった。

二  (争点)

争点は、本件新株発行が、著しく不公正な発行価額による新株発行に該当するか否かの点にある。

1  原告の主張

(一) 本件新株の引受・発行は、新株引受権者に対する発行ではないから、株主総会の特別決議がない限り、公正な価額によらなければならない。

本件新株発行直前の時点において、参加会社株式一株の価額は二万〇一六六円を下らなかったから、本件倍額増資の結果、その価額は一万〇三三三円{(二万〇一六六円+五〇〇円)÷二}となる。

しかるに、本件新株の発行価額は一株当たり額面金額の五〇〇円であるから、著しく不公正な発行価額に該当することは明らかである。

被告は、本件新株の発行をした参加会社の代表取締役自身であり、取締役と通じて著しく不公正な発行価額を以て株式を引き受けた者に当たることは明らかである。

したがって、被告は商法二八〇条の一一第一項に基づき参加会社に対し、被告が引き受けた本件新株五四九九株につき、公正な発行価額との差額に相当する五四〇七万一六六七円{一万〇三三三円-五〇〇円)×五四九九株}及びこれに対する本件新株の払込期日の翌日である昭和六〇年七月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

(二) また、被告は、参加会社の代表取締役であり、その任務に違反して、株主総会の特別決議がないのに不公正な価額で本件新株を発行し、参加会社に対し、公正な発行価額との差額に相当する五四〇七万一六六七円の損害を蒙らせた。

したがって、被告は商法二六六条一項五号に基づき参加会社に対し、参加会社が蒙った右損害金五四〇七万一六六七円及びこれに対する本件新株の払込期日の翌日である昭和六〇年七月一日から支払済みまで民法所定五分の割合による遅延損害金を支払う責任がある。

(三) なお、被告は本件失権株の割当は取締役ないし代表取締役が自己の利益を目的として恣意的な判断によって行ったものでないというが、仮に右が事実としても、だからといって商法に違反する新株の発行が許されるはずがない。また被告は今回に限らずこれまでの数次の増資に際しても同様の方法で従業員に失権株の割当をしているようであるが、これは従業員に経営参加の意識をかりたてるためという目的ばかりでなく参加会社における被告の支配権を確立する手段として行われたものである。もとより、参加会社は被告の個人的な創業にかかるものではなく、加盟店二八店が一種の協同組合のような趣旨で設立したものであるからその株式比率は加盟店によって構成される株主総会の同意なくして安易に変更されることは許されない。しかるに被告は、右の趣旨を忘れ参加会社における自己の地位強化のため加盟店の意向を軽んじて過去数次にわたって本件のような不当な新株の発行を実施してきたのである。被告が右のような意図のもとに株を集めたことは、参加会社設立当初は被告は一株も有していなかったのに、昭和三一年九月二七日に初めて一〇〇株の株主になって以来今日まで、本件のような失権株を額面で取得したり、退職した従業員や役員から半ば強制的に一株一〇〇〇円程度で買受けたりして株を集め現在五万九五六六株(その時価はかりに本件増資後の一株当りの株価を増資前の時価二万〇一六六円の二分の一に相当する一万円としても五億九五六六万円となる)の筆頭株主にのしあがり、参加会社の代表取締役社長、会長をつとめ同社の経営の実権を握っているのが実情である。右の現象はあたかも今日問題となっているリクルートコスモスの未公開株の還流と同様のものであり、被告の意図が如実にあらわれている。

2  被告の主張

(一) 本件新株を被告が額面金額で引受けたことは、参加会社の内規に従い、参加会社の取締役会決議に基づき、適法かつ適正になされたものであり、右引受価額は特に有利な発行価額に該当しない。したがって、株主総会の特別決議は不要であるし、参加会社の代表取締役である被告の任務違反もない。また、被告は、本件新株を引受けるにあたり、その発行価額が公正なものであると信じていたのであり、著しく不公正な発行価額であるとの認識は全くなかったのであるから、引受人として取締役と通謀していたとはいえない。

(二) 本件倍額増資決定の取締役会議において、失権株の処理その他この新株発行について必要な事項は今後の取締役会において決定する旨定められていたところ、失権株発生確定後である昭和六〇年六月二五日の取締役会において、出席者の全員一致で、失権株をすべて被告が額面価額で引受けることが決定された。

本件倍額増資は、参加会社にとって第六次の増資新株発行となるものであるが、本件失権株の取扱いはこれまでの新株発行のときの失権株の処理と同じである。すなわち、失権株をそのまま放置することは、参加会社の対外的信用を損なうだけでなく、発行済株式総数に端数を生じさせるため参加会社の株式取扱手続等に多大の不便をもたらすことになるから、失権株分の新株の引受人を求めて発行するのであるが、参加会社では、新株発行において失権株が生じた場合には、従業員の経営参画意識の増進と志気の昂揚を目的として定められた「社員持株に関する内規(以下「内規」という。)に従い、基準に合致する従業員にこれを額面価額で引受けさせることとしてきた。ただ、失権株が生ずることが明らかになってから発行期日までの数日間に、その引受者及び引受数を具体的に定め払込みまでの諸手続を完全に履行することは、事実上不可能であることから、実務上は参加会社の代表取締役(会長あるいは社長)個人が形式上暫定的にこれを引受けることとし、その後速やかに従業員に譲渡するという処理がなされてきた。

参加会社の内規によれば、従業員が内規に基づき取得した株式は譲渡禁止とされ株券も参加会社が保管することと定められており、やむを得ない事情により従業員がその譲渡を申し出た場合や退職する場合には、右株式を参加会社の指定する者に譲渡しなければならないこととされているのであって、実際にも従前からその定めに従って処理されてきている。したがって、従業員が失権株を額面価額で取得することはその者にとって特に有利な条件とはならず、むしろ額面価額を超える価額で株式を引受けるとなると、引受を希望する者はほとんどいなくなることになる。

被告の本件新株引受も、右従前の処理と同じく従業員の持株とする過程で一時的暫定的になされたものであった。そして、被告が引受けた本件新株五四九九株中五四九二株は、内規に従い前記の手順で昭和六一年一月二四日までに合計四四名の従業員に割り当て、譲渡された。

(三) 本件新株の処理の内容については、本件新株発行後である昭和六〇年一二月一一日の第三四期定時株主総会において、議長から報告がされ、また原告の質問を受けて担当の各取締役がそれぞれ説明し、さらに監査役からも右説明のとおり適正に処理されているとの報告がされた。そしてその後の議案の審議で、本件新株の処理を含む本件新株発行後の計算書類は出席株主の絶対多数により承認可決されたものである。

さらに昭和六一年一二月一六日の第三五期定時株主総会においては、計算書類等の承認決議に関連して、本件新株の処理について原告からの異議申立書の内容が開示され、審議の結果、本件新株につき額面引受で決算処理されている計算書類が、出席株主の絶対多数により承認可決された。このように、本件新株の発行は、絶対多数の株主によっても承認されているものであって、株主が不利益を受ける内容のものではなく、公正かつ妥当なものである。

(四) 原告代表者井面貞夫は、昭和四七年から昭和五三年まで参加会社の取締役に就任し、昭和五〇年の第三次新株発行に関与したが、右新株発行において生じた失権株についても本件失権株と同じ処理がされており、原告代表者も参加会社の取締役としてその処理に賛成していた。したがって、本件失権株の処理がその方法及び内容について何ら問題のないものであることは同人も十分に理解しているはずである。

(五) 内規が制定された経緯及びその運用の状況は次のとおりである。

参加会社の業績は第二一期(昭和四七年九月期)には二割を超える配当が実施できる迄に向上し、翌四八年被告は代表取締役社長に就任した。被告はかねてより従業員特に幹部従業員の経営参加意識の高揚と安定株主層の確保をはかるために、従業員持株制度の導入を考えていたが、昭和五〇年の第三次増資の際に生じた失権株の処理問題が取締役会の議案にのぼったのを機会に、持株制度の導入を提案したところ、大方の賛同を得るところとなり、検討を重ねて約二か月後の同年一一月二〇日内規の成案を得た。

一方、先の取締役会の決議に基づき、一時的に、足立超名義で一括引受していた失権株五三〇〇株については、その後の定例役員会の審議の結果、被告の提案を採用して、幹部従業員を対象に割当てることとなり、個々具体的な割当ては、会長である足立と社長である被告の協議に一任することに決まった。そして、内規は、第二四期定時株主総会直前の取締役会(昭和五〇年一一月二五日開催)の席上披瀝され、内規の趣旨に添って、幹部従業員に失権株が割当てられることとなった。以上のような経緯の下に制定された提起に従って、前記失権株が割当てられた明細は、〈証拠〉(被告の平成元年二月一日付証拠説明書一〇項参照)のとおりである。

参加会社は、内規の制定と同時に、これに基づいて株式の割当てを受ける個々の従業員に対し、内規の趣旨について周知徹底をはかるため、内規の制約を受ける株式であることを明記した株式引受申込書(〈証拠〉)の書式を作成している。そして、割当てを実施するに際しては、個々の従業員に内規を提示し、割当てを受ける株式が、これに定めた価格や譲渡後の取扱いについての条件の制約を受けるものであることを説明して、その合意を得た上で、右の申込書の提出を受けるようにしているのである。

(六) 被告が参加会社株式を取得した状況は次のとおりである。

参加会社は、大阪駅構内で売店を営業していた株式会社専門大店の加盟店の中で梅田に新築された第一生命ビルに出店を希望する者によって、昭和二七年に設立された会社で、当初は同ビルに出店した加盟店の売上金の管理・保守・清掃等の管理業務を主たる業務としていた。しかし参加会社の収入源は加盟店の売上げに応じて得る管理料のみであったことから、加盟店の売上が不振であった設立当初から昭和三五年頃までは大幅な赤字が続き、昭和二八年頃から加盟店の退店が続出し、昭和二九年頃には同ビルへの賃料も六か月以上滞納するなど、倒産寸前といっても過言ではない程厳しい経営状況にあった。

このような状況の下で第一次増資(昭和二八年八月)が実施されたのであるが、右に述べた事情から引受けを辞退する加盟店が続出し増資新株一万株の内三〇一九株もの失権株が生じたのであった。このように当時加盟店の間では、参加会社の株式を引受けることは、リスクの高いことと認識されていたのである。

被告が株式を初めて取得したのは昭和三一年九月二八日の一〇〇株であるが、これは右に述べた事情から退店した加盟店の株式を当時の参加会社の代表者として一時的に保有していた足立超から額面金額の一株五〇〇円で買取ったものであり、次いで昭和三五年九月二九日に取得した四〇〇株も同様に額面金額で買取ったものである。しかし右に述べた当時の同社の経営状況からすると当時の株式の事実上の価値は無に等しかったもので、被告がそれを買受けたのも、もっぱら幹部社員としての経営責任の一端を引受けるとの責任感によるものであった。

被告は、その後も幹部社員として収益率の高い直営店を計画するなど参加会社の経営健全化のために日夜献身的努力を続け、昭和三三年には米軍より返還された大阪空港での直営店の出店及びその拡大を実現するなど同社の業績向上に多大の寄与をしていた。その結果参加会社は第一〇期から第一四期までは、わずかながらも黒字を計上し、配当を実施することができるまでになったのである。しかし、第一五期(昭和四一年九月期)には再び業績が落ち込み、無配となったことから加盟店の中には同社の経営に危惧をいだく者もでてきた。

このような状況の下で第二次増資(昭和四一年二月)が実施されたのであるが、右に述べた同社の経営事情から増資新株四万五〇〇〇株の内、三分の一を超える一万六九八〇株という大量の失権株が生じ、増資の目的を達成できない事態となった。このような経過の中で、増資の失敗による会社の信用失墜と経営危機を回避するため、被告は他の意のある役員や幹部社員とともに失権株を引受けることとしたが、それが昭和四一年二月二日の二五〇〇株である。そして、この時引受けた二五〇〇株は、その後の数次の増資により現在では一万六六六六株に増加しているのである。

このことからも明らかなように、被告は自らの支配権を確立する手段として失権株を引受けたものでは決してなく、むしろ自ら経営責任を分担するため右失権株を引受けたとさえいえるのである。原告は、被告の失権株の取得につき非難する前に、加盟店でありながら自己の利益のみを追求し、参加会社の危機に対して何ら協力せず、無責任な行為をとった自らの責任を強く認識すべきであろう。

また被告は右に述べた失権株以外にも数回にわたり退職した従業員や役員から株式を買受けているが、そのいずれも譲渡人からの申出により話合いの上買受けたか、内規の定めにより取得したものであって、決して強制的に買受けたものではないし、その持株数からしても支配権を確立するような株式数でもない。この点についての原告の主張も誤りである。なお、被告が内規の定めに従って取得したものは、昭和五一年六月一日六〇〇株、昭和五三年一二月一三日五〇〇株、昭和六二年九月二一日一六〇〇株の合計二七〇〇株のみである。

第三  争点に対する判断

一  本件新株発行に関する事実関係は次のとおりと認められる。

1  本件新株五四九九株は新株発行総数二万株の二・七%にすぎず、極めて僅少である。

2  本件倍額増資は参加会社における第五回目の有償増資であり(昭和五三年四月は無償株主配当)、過去四回の有償増資はすべて株主割当の方法によるものであったが、昭和二八年の第一次増資の際は発行予定新株一万株の内三〇一九株もの失権株が、昭和四一年二月の第二次増資の際は発行予定新株四万五〇〇〇株の内一万六九八〇株もの失権株が生じた。このとき参加会社では増資の失敗による会社の信用失墜と経営危機を回避するため、取締役が中心となって奔走して、失権株分の新株の引受者を確保し、なんとか予定の新株全部を発行して所期の目的どおりの増資を完了した。

昭和五〇年一〇月の第三次増資の際にも発行予定新株六万株の内最終的には五三〇〇株の失権株が生じたが、そのときは取締役会の決議に基づき、右失権株分の新株につき代表取締役足立超名義において額面金額五〇〇円でその引受・払込をし、その後内規に従いこれを従業員に分配譲渡した(一部は失権株主に譲渡)。このように参加会社においては、増資新株につき失権株が生じたときは、取締役会がその責任において適宜その引受者を確保し、予定の新株全部を発行し所期の増資を完成させることが慣例になっていた。(〈証拠〉)

3  参加会社においては、昭和五〇年一〇月の第三次増資のとき以来、従業員の経営参加意識の増進と士気の高揚を目的として社員持株に関する内規を定めており、新株発行に際し失権株が生じた場合、内規に定められた基準に合致する従業員に失権株分の新株を額面金額で引受けさせることとしており、失権株の発生が判明した後新株払込期日までの間に右事務処理ができないため、代表取締役などが形式上暫定的に失権株分の新株をすべて引受け、その後従業員に分配譲渡するという処理がされていた。右譲渡を受け得る従業員は勤続五年以上で一定の役職以上にあり勤務成績が優良と認められる者であり、従業員が内規に基づき取得した株式は譲渡禁止と定められ、止むを得ない事情により従業員がその譲渡を申し出た場合や退職する場合には、右株式を額面金額で参加会社が指定する従業員に譲渡することとされている。

本件失権株についても、失権株の発生が判明した後の昭和六〇年六月二五日の参加会社取締役会において、右内規の運用を前提に被告がすべて額面金額で引き受けることが決議され、その後六か月以内に本件新株五四九九株の内五四九二株が内規に基づき従業員四四名に額面金額で分配譲渡されている。右処理には合理性があり、取締役会がこの程度の裁量権を行使することは許容されるものと解される。(〈証拠〉)

4  本件新株発行後の昭和六〇年一二月一一日の参加会社第三四期株主総会において、営業報告書の内容についての報告の際、原告代表者から本件失権株の処理につき質問がされ、これに対し参加会社の取締役が右処理の実情を説明し、その後第三四期貸借対照表・損益計算書及び利益処分案承認議案の審議に入り、出席株主(発行済株式四〇万株の内三七万六三七三株の株主が出席)の絶対多数により承認可決された(〈証拠〉)。また、昭和六一年一二月一六日の参加会社第三五期株主総会において、第三五期貸借対照表・損益計算書及び利益処分案承認議案の審議の際、原告代表者から本件失権株の処理についての異議申立書とこれに対する参加会社の回答書の内容を示しての質問があり、これに対し議長及び監査役が右処理の実情を説明し、その後出席株主(発行済株式四〇万株の内三八万九三三八株の株主が出席)の絶対多数によりこれら議案が承認可決された。(〈証拠〉)。これら事実に鑑みると、参加会社の株主総会で特別決議をするに足りるだけの数の株主が本件新株発行を承認しているものと考えられる。

5  本件倍額増資は旧株式一株に対し新株式一株を割り当てるというものであり、本件失権株五四九九株は新株の割当を受けた武田薬品工業株式会社外二者が所定の申込期間内に新株の引受申込をしなかったために生じたものであるから(〈証拠〉)、本件失権株の代わりに発行された本件新株発行によって原告ら旧株主は直接的には損害を受けていない。

二  前項認定の、本件新株が新株発行総数の内極めて少数(二・七%)であること、参加会社においては従来より有償の株主割当増資に際し失権株が生じた場合、取締役が責任をもって失権株分の新株の引受人を確保するのが慣例になっていたこと、本件新株は従業員の経営参加意識の増進と士気の高揚を目的に定められた社員持株に関する内規に則って従業員に分配譲渡するために、一時的に被告名義で引き受けたがその後間もなく内規に従い従業員に額面金額で分配譲渡されていること、このような処理は参加会社の発展のために有用かつ合理的であり、この程度の裁量権は取締役会に与えられていると考えられること、参加会社の株主総会で特別決議をするに足りるだけの数の株主が本件新株発行を承認しているものと考えられること、本件新株発行によって原告ら旧株主が直接的には損害を受けてはいないこと等の事情に鑑みると、参加会社の株式の価額が額面金額を大幅に上回ることは原告主張のとおりと認められる(〈証拠〉)けれども、本件の事実関係においては、被告が商法二八〇条ノ一一所定の「著シク不公正ナル発行価額ヲ以テ株式ヲ引受ケタル者」に該当すると認めることはできない。また、同様の理由により被告に商法二六六条一項所定の損害賠償義務があると認めることもできない。

三  なお、念のため付言するに、参加会社の新株発行において従来行われてきた右のような失権株の処理について明確に反対する株主が出現してきた以上、参加会社が今後とも新株発行に際し本件のような失権株の処理を維持しようとするのであれば、商法二八〇条の二第二項の定めに従い、新株発行前の株主総会において、失権株が生じた場合にそれに相当する分の新株を従業員に割当て発行することにつき特別決議を得ておく必要があるであろう。

(裁判長裁判官 庵前重和 裁判官 佐野正幸 裁判官 藤田 敏)

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